12月15日に訪日したロシア大統領との首脳会談の結果が16日に発表されました。

内容が日露の経済協力に関する内容であり、北方領土の返還交渉に関する具体的な進展が見られなかったことから批判する向きもあるようですが、これは我が国特有の国際政治に関する無知から来る意見であるように思われます。

大原則として、二国間で領土問題が存在する場合、これを解消するには領土交換か武力による奪還以外にはあり得ません。

 

この様なことを書くと沖縄返還を持ち出す意見もあるようですが、沖縄返還はそもそも敗戦直後の沖縄租借に関する経緯という世界史的にも稀な前提があることを忘れてはいけません。

先の大戦における沖縄の戦闘では我が国は軍民合わせて甚大な被害を受けましたが、この戦いに勝ったアメリカ側も多くの犠牲を出しています。このため、アメリカ側としては戦争終結直後に血で贖って占領した沖縄を手放すことは国民感情としても受け入れ難い状態であったとされています。この事態に対して、先帝(昭和天皇)がアメリカに示した折衷案が「沖縄に対する主権は日本に残したまま、施政権はアメリカが持つ」という方法でした。この「主権」の所在が根拠となり、後の沖縄返還が実現されます。

 

翻って、北方領土はどの様な状態でしょうか。

現在は北方領土は「国後島」「色丹島」「択捉島」「歯舞群島」を指していますが、条約の観点と軍事占領の時期から見るとアリューシャン列島と樺太の南半分も我が国の領土であり、北方領土にあたります。これらの土地は1945年8月14日のポツダム宣言受諾に降伏後、8月18日~9月5日にかけて上陸したソ連軍が武力占領した土地となります。

この様な経緯から、少なくとも「国後島」「色丹島」「択捉島」「歯舞群島」については日本・ロシアの両国が主権を主張する国境紛争地となっています。

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歴史的な経緯から考えれば、そもそも北方領土は「返還」されるものではなく、「奪還」すべきものでしょう。この様な前提がありますので、奪還交渉が容易に進むことはありません。

戦後から今までの間に奪還する機会はソ連が崩壊した1991年にありました。この時に我が国が軍事力で奪還すれば、ソ連は再奪取する前に消滅して、この問題は解消したと思われます。しかしながら、当時は国民の意思、政府の意思、そして軍事的な備えのどれも出来ておらず、この様な選択肢を取ることはできませんでした。

 

これらの経緯を踏まえて今回の合意内容を見た場合、まずは政治的成果を求めて主権を放棄するような安易な妥協をしなかった点は評価すべきと考えます。その上で今回の合意を元にロシアとの経済的なつながり、特に四島に対する経済的な影響力を強めてゆくことで、次の機会が来た時に平和裏に奪還できる入口を作ったという評価もできるかと思われます。

現在の我が国の仮想敵国はチャイナであることから、二正面作戦を取らない意味でもロシアとの関係強化は喫緊の課題でしたので、今回の交渉は決裂せず、妥協せず、対話と経済関係は継続という結果は上々であったと言えるかもしれません。